« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011.06.27

生後1ヶ月、一ヶ月検診、お宮参り

 2011年6月22日、Rayが産まれて一カ月がたちました。

 随分とふっくらしてきました。私は腱鞘炎になりました。ちょっと重すぎない???
 生後2週間くらいで涙と鼻水がきちんと出るようになりました。
 生後3週間くらいで、音のする方に顔を向けるようになり、オムツの不快も訴えるようになりました。最近は明らかに「見えている」と思われる視線を向けてきます。いないいないばぁモドキで笑うような表情も見せるようになり、日に日に成長しているのが判ります。

 6月25日(土)は産院で一ヶ月検診でしたので、夫と一緒に行ってきました。初めてベビーカーでお出かけです。

 プールで一緒だった友達と会い、産院でのランチで一緒だった方とも会いました。久しぶりに夫以外の人と会った!嬉しかったです。

 体重4648g、身長56.5cm、先天性代謝異常等の検査結果はすべて陰性でした。検査結果が陰性で本当に安心しました。このまま何事もないと良いんですけどね。
 頭の形やちょっとした不安を小児科の先生に診てもらいましたが、どれも心配はないとのことでした。これまたよかった。特に目ヤニは気にしていたんですけど、大丈夫らしいです。今、ちょっと寄り眼気味?を気にしていますが、これはもう少し大きくならないと判断がつかないようです。

 体重、産まれてから34日で1458g増えました。一日平均52g増えてるね、って言われました。ちょっと重すぎないか心配でしたが小児科の先生は大丈夫、と言ってました。でも、Rayを取り上げてくれた院長先生は「ちょっと重いかも」と(^^;。

 ・・・あれ?一日平均約42g増じゃない?(新生児は30g/日増えていれば良いらしい)まぁいいや・・・。

 これまで母乳以外に「足りない」と泣いた時だけ人工ミルクを与えていましたが、それを断つように院長先生にいわれました。むぅ、出来るだろうか?最近は40mLから100mL/日だけ人工ミルクを足してました。助産師さん曰く「おやつ程度ね」ってことですが、このおやつ程度が重要だったりするんですよね。たった20mLでも、あげるとそれで満足してスッと寝てくれるんですもの!母乳はかなり出ているよ思うのですが、どうも最後の方の味がお気に召さないようです。母乳を与えようとしても嫌がるくせに、「ミルクが足りないんじゃ~!」と泣いた時だけ20mL程度人工ミルクを作ってあげるんです。夕方から夜にあげることが多かったかな。そう、愚図る時間です。黄昏泣きの魔の時間に良くあげてました。

 さて、無事に一ヶ月検診も終了し、私の体調も何とかなりそうだし、何より天気がよさそうなので、26日にお宮参り(初参り)に行ってきました。

 この祝着は夫の初参りで使ったものらしいです。夫の実家から送ってもらいました。

 私は悪魔教徒なので、あくまで「日本文化におけるお礼まいり、初参りの実態調査」に繰り出しただけですけどね!

 朝8時に授乳し、いざ電車で中山寺へ。東京だと水天宮ですが、大阪の北摂とか兵庫県の大阪寄りだと、中山寺がメジャーだそうです。(勤めていた職場で「戌の日は何処に行けばいいの?」と何人かに質問したところ、全員が「中山寺」と答えました。なので、何の疑いもなく中山寺に行きました。)

 モノレールに乗っているときには寝ていたRayですが、蛍池で阪急電車に乗り換えたらいきなり愚図りだしました。仕方がないので抱いてあやしていたら、あるおばさまが「座ったら」と声をかけてくださったので、ありがたく座らせていただきました。おばさまたちに大人気のRay。話には聞いていましたが、これが「おばさんたちに話しかけられるよ~、沢山!」って状況なんですね。

 中山の駅に着いたところで授乳。Mさんに頂いたケープが大活躍!多目的トイレでオムツも交換し、いざ中山寺へ。途中の参道でサラシを買いました。無事出産したお礼参り用で、戌の日に授かったサラシと一緒にまっさらな晒しも納めます。

 10時半の祈祷に間に合うという事で、急いで山の上の方へ。ベビーカーで入ったので、エレベーターで向かいました。
 祈祷をうけていたのは30人位でしょうか?赤ちゃんがいっぱいな割には静かな(誰も泣いてない)中、一人大音量で泣くRay。そんなに祈祷が嫌だったか?流石は悪魔分子だ、Ray!お坊さんも「赤ちゃんは泣くのが仕事ですから気になさらずに」と、皆さんに語りかけつつ私をしっかり見据えて慰めて(?)くれました。

 大丈夫、そんなので恐縮するような性格してないから!

 途中Rayのギャン泣きを見かねた隣に居たおば(あ)さんが、Rayに羽織らせていた祝着を脱がしてくれました。脱いだ瞬間一瞬泣きやむRay。暑かったのかな?そうしたら、他の子が泣き始めました。一人独特な泣き方をする子はいて、笑いを取ってました。私も笑ってしまった。とってもかわいい泣き方でした。

 最後の方もまた泣きだしたRay。これはお腹が空いているのだと判断し、授乳室で授乳しました。またまたケープ大活躍。

 その後お礼参り。お参りはしてないけど。サラシとかお札とかお守りを返してきました。あ~すっきり!

 この間、大粒の通り雨が降りました。流石雨を呼ぶ靴を夫が履いていただけあります。あんなに天気が良かったのに・・・。

 写真はかろうじて3枚だけ撮りました。(親子三人のは撮らずじまい。ま、いっか)

 そうこうしているうちに大人の我々がお腹すいた~!!!Rayが寝てたらどこかに寄ろうか、という話をしていましたが、Rayが起きましたので、速やかに帰ることにしました。駅前にローソンがあったのでおにぎりを買い、朝授乳した待合室で交代で食べました。

 もう一回おむつ替えをして、阪急電車に乗りました。が、愚図るRay。ガタガタした道をベビーカーで突進しているときにはすやすやと寝るのですが、つるつるの床を走行している時や止まってしまうと泣きだすRay。電車の振動も眠りを誘うものではなかったようです。

 蛍池で「もう、好きなだけお飲み!」と、人工ミルク100mLを作ってあげてみました。予想では60mL位飲めば良いな、と思っていましたが完食!どれだけお腹すいてたの???私の母乳はもう消化しちゃったわけ?

 モノレールでも少し愚図りましたが、なんとか家に帰りつきました。いやぁ、スタジオアリスとかに行って記念写真を、と思っていましたが、とんでもなかった。

 疲れたけど、私にはものすごく楽しいお出かけでした。祈祷でギャン泣き、なかなかできない経験かも。あはははは~。

 私ひとりでRayを連れての遠出は当分できないな、と悟りました。お散歩はすぐに家に帰ってこられる距離しかできない。まぁ、5分から始めてください、と言われているので丁度いいかも。これから暑いしね。

 秋になったら通天閣の近くにある動物園とか、池田にある動物園とかに行きたいんですけど、その頃にはこんなに苦労しないお出かけになっていると信じてます。

 次のイベントはお食い初め。夫が丁度アメリカに行ってる時期なのでどうしようかな。ま、あと60日はあるのでゆっくり考えます。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2011.06.06

近況報告

 mixiやメールなどで一部お知らせしましたが、2011年5月22日、午後7時8分、体重3190g、身長50cmの男児を出産しました。名前を「れい」と言います。夫がX-rayをつかって実験しているので、その「Ray]から音を取りました。漢字は「賢い」って意味の字を当てました。外国人にも発音しやすいというのも決め手になりました。

 ↓ 生後75分後のRay。

 5月27日(金)に退院し、1週間位東京の母に手伝ってもらいながら大阪での生活を始めました。

 ↓ 退院時のRay。ベビードレスとセレモニードレスは私が作りました(^^)。

 夫が出張から帰ってきたので、親子3人の生活がいよいよ始まります。

 ↓ 生後12日目のRay。

 ↓ 目を空けている顔は私似だと思いますが、眼をつぶっていると目の下は夫に似ている気がします。

 以下、興味のない方はスルーしてください。陣痛から出産までの記録です。私の出産体験ですが「こんなに頑張ったの!」というのをアピールするための記事ではなく、あくまで「こんな体験をした妊婦もいます」、っていう体験記として書きました。検索でここにたどり着いた方に参考になれば幸いです。

 長いです。





5/20
 早朝、約10分ごとの陣痛が来るが、6時過ぎに陣痛が遠のく。前駆陣痛自体は5/14位から始まっていた。
 ワックスがけをしたり掃除をしたり軽いエクササイズをしていたら、今までで一番強い出血(おしるし)。おしるし自体は4回目。

5/21
 0時過ぎ、結構な出血。様子を見ていたけど出血が止まらない。病院に連絡したところ、「一度診察を」と言われたので夫と二人、3時ごろ病院へ。子宮口が1cmしか開いてない、定期的な陣痛が起こってない、ということで自宅で様子を見るように言われ帰される。
 夕方、次の日に東京で行われる結婚式出席のため、夫上京。
 20時、陣痛が10分毎になる。シャワーを浴び入院に備える。
 23時、陣痛が5分毎になったので、確実に「5分毎」になるまで1時間、様子を見る。

5/22
 0時、陣痛が遠のくこともなさそうなので、病院に連絡。タクシーで向かう。でも、やっぱり子宮口が1cmしか開いてないという事で帰される!(陣痛5分なのによ!)

 1時、自宅に戻る。そこから4時まで陣痛のたびに吐きまくる。とにかく陣痛が強くなると吐く。吐く時に腹筋に力を入れると、下から水が出る。尿漏れか?と思ったけど、4時間ずっと漏れてるわけがない。pH試験紙を当てたらアルカリになったので、破水していることを知る。

 夫がいないし、酷く辛い。このまま気を失ったら確実にまずいことになると思ったので、4時、産院に再び電話。子宮口云々はぶっ飛ばし、破水を理由に受け入れてもらおうとひそかに決意。タクシーが来るのに50分かかった。何度か気が遠くなったけど、母は強し?気力で着替え、マンションの前でタクシーを待つ。ただ、財布を出したりクレジットカードで会計を済ませることが出来ないと思ったので、5千円札を封筒に入れ、降りるときに運転手さんに「5000円入ってます。領収書とお釣りを封筒に入れてください」と言ったら、20円おまけしてくれた。(料金2020円だったみたい。)

 5時、入院。子宮口は4cmまで開いてました。吐いているときに腹筋に力が入ったのが良かったらしい。すぐにLDR(陣痛・分娩室)に入る。夫に入院した、の一報。LDRに入ってしまったので、携帯電話の電源をここで切り、眼鏡も外して術着に着替え、点滴のラインを確保され、分娩監視装置装着!いざ臨戦態勢へ。

 8時頃、助産師さん交代。1時に病院に来てからずっと面倒を見てくれた助産師さんから次の助産師さんへ。そうか、交代の時間なのね。

 私が選んだ産院はソフロロジー法による自然分娩を原則とした産院で、ずっと音楽が鳴ってます。その音楽に合わせて深呼吸・腹式呼吸をします。聖飢魔IIの教典だけをiPodに仕込んできましたが、それを取り出す元気もなく、ひたすらおだや~かな音楽を聞きながら吐いてました。

 このころから発熱開始。最初は38℃位だったけど、測るたびに熱が上がる。
 発熱中は寒気に襲われる。エアーコンディショナーの温度を上げてもらう。

 おそらく10時ごろ、入院から6時間陣痛と嘔吐を繰り返してましたが子宮口がなかなか開かないので人口破水させました。「これが破水なのね!」っていうくらい、ジャバジャバ生温かい水が出ているのが判ります。抗生物質を飲みましたが、これも綺麗に吐く。陣痛ってこんなに吐くんだ・・・。

 11時頃、痛みだけか吐き気だけだったら耐えられるけど、ダブルパンチは体力消耗が激しいのでもう無理!と思い、院長に「無痛分娩で!」と駄目もとで訴える。(周りの人から、陣痛の痛みに負けて無痛を訴えても、院長は「女性は自然に産む力を持ってるんだから、もう少し頑張れ!」って一喝される、と聞いていたんです。)そうしたら「いいよ」と即座にOKがでる。「あれ?簡単にOK貰っちゃったよ?」と思いながらやっぱり吐く。

 今度は暑い。エアーコンディショナーの温度を下げてもらう。暑いだの寒いだの、面倒な妊婦だね(^^;。

 その時点から飲食禁止。しまった。「無痛で」って言う前にルイボスティーを一口飲んでおくんだった・・・。

 麻酔の方法は硬膜外麻酔。3分に1回陣痛がきて吐き気も来る中「動くな!!!」って言われても!って中、一生懸命脊柱を丸め、管をいれられた。消毒したところがあまりにも鈍痛でつらいので、思わず手をもっていったら「こら!ばっちい!」って怒られてしまった。ごめんなさい。

 ここから2時間、吐き気から解放され、ついでに痛みもなくなってしばしの休憩。

 全く陣痛による痛みが無くなったわけではなく、3分毎に左股関節に鈍い痛みがはしります。
 子宮口は9.5cm。あと5mmが開かない。仕方ないので、陣痛促進剤を投与し、麻酔を一時ストップしました。

 14時50分、子宮口全開。お産開始。でも、陣痛が弱くなってしまったので、うまくいきめない。麻酔の効果が薄くなってくると、今度はまた吐き気再開。四つん這いになり吐く、横向きでいきむ、を繰り返しました。
 あまりに吐くのでまた麻酔再開。気が付いたら助産師さん5人も集合してる。陣痛が遠のき、院長が「麻酔ストップ。陣痛が戻るのを待とう。陣痛来たらいきんでいいから」と言い残して出ていく(^^;。

 自力で産んでやるぅ~と、一生懸命頑張るけどなかなか出ない。でも胎児の心音がしっかりしているので、お腹の中の子は元気なんだと安心する。麻酔はどんどんさめていき、痛い。痛い。痛い。腰がもげる!「腰痛持ち?」と聞かれた。普通の人が痛がるところからずれたところを痛がっていたらしい。お腹が痛い、ってのはなく、私の場合はひたすら腰が痛かった。一番痛くて指圧したかったのは硬膜外麻酔の管が入っているところでしたけど。

 18時過ぎ、夫が東京から戻る。立ち会わない予定だったけど、有無を言わさずLDRに入れられた夫。かわいそうに。
 発熱ピーク。熱は軽く39℃超えてたと思う。

 分娩台の上にずっと寝ているのはなく、普通のベッドでいきんでました。でも、足台やハンドルが取り付けられるようになっているので、言えば分娩台の姿勢でも産めます。おそらく人によっていきみやすい姿勢を見極めて取りつけてもらえる模様。
 私の場合、仰向けは即座に吐き気と繋がるので、横向きでいきみました。が、最後は有無を言わさず足置きを設置され、ハンドルも握らされ、フリースタイルではなくなりました。

 助産師さんが「ごめんね、交代の時間なの。でも、ここに居るから」と3交代目。2時間以上勤務外なのに付き合ってくれてるのかな?なんだか申し訳ない。
 3人目の助産師さんが介助してくれていきむけど出ない。股にはなにかある感覚はある。

 夫曰く、いきんでる時は全身真っ赤になるけど、いきみを逃す深呼吸をしていると、速やかに白くなる、って言ってました。へ~。熱が高いので全身真っ赤なのかと思っていたけど、貧血の方が勝っていたようです。

 院長到着。恥骨に引っかかって出てこない、なんてやり取りを助産師さんとしている。
 また助産師さんがわらわらと集まってくる。横に一人スタンバイ。お腹を押すらしい。

 会陰切開。かなり思いっきり切られた感じがする。

 この時、麻酔は効いてないので、しっかり痛い。痛みが強いから、いきみも気合が入る。
 背中を丸めて、腰をそらすな!って言われながらいきむ。妊婦生活でずっと腰を反らし気味だったのと、お腹が邪魔で前かがみになるのが大変なのよ!

 ある大きな陣痛が到来した時、お腹を押され、なにかしてる。吸引開始してたらしい。メガネしてないから殆ど何も見えてないんだよね。「見える?出てきたよ」って言われても、見えない。「しっかりいきむ!」って言われたけど、赤ちゃんの身体が出てきたらいきまなくていいんじゃなかったっけ?と思いつつ、言われるがままにいきむ。

 で、産まれました。

 感動の涙にむせぶのだと思っていたけど、それは無かったですorz。吐き気と腰痛から解放された安堵の方が大きかった。
 胎盤出す時も痛かった。縫われてる時はもっと痛かった。(麻酔を打ってもらった。)

 カンガルーケアをしたけど、短時間でRayを取り上げられる。どうも随分前に破水していたようで、(思い返すと5/16に破水したような感じがして、pH試験紙を探しておいたんでした。その時はアルカリにならなかったんだけどね)感染症を起こし、羊水が真っ黄色になっていたようです。そう、黄色だから尿と区別つかなかったのよ。

 私の体温が高かったので、産まれたばかりのRayも体温が高かったようです。その後速やかに下がったようですが。私自身は21時の段階で38.8℃、氷枕があんなに気持ちいいものだとは!次の日には下がってました。(ただ、血圧が全然上昇しなくて難儀しました。陣痛・いきみの最中も血圧が上がらなあったのは良かった(?)けれど、麻酔も覚め、普通の朝なのに85-50はちょっと辛かったです。)

#基礎体温が低いのと低血圧は要治療の範囲だったので、妊娠中から薬を服用していたりしました。

 2時間安静ののち、21時、夕飯。前の日の夕飯を全部吐いてから初めての食事。でも殆ど食べられず、夫に食べてもらいました。

 満床のため、そのままLDRにて就寝。お産が入ったら出ていかないといけないんだけどね。奇跡的にその日のお産は入らず、ゆっくりと寝ることが出来ました。

 次の日、メガネをかけて周りを見てみると、戦った跡があちこちにありました。赤やら黄色やらの染みが沢山(^^;。こんなところで寝てたのか(^^;。

 こんな感じで入院から20時間と少し、前駆陣痛で起きてから40時間、頑張りました。

 妊娠中も、危ない橋を何回も渡りました。切迫流産も切迫早産もありました。その他にも、悲しいこともありました。更に、結構フルコースなお産でしたが、無事に出産、退院できてよかったです。今のところRayに感染症も聴力検査も、問題は出ていません。よかった。遺伝子検査の結果も問題なければ、一安心です。

 これからずっと育児が続きますが、息切れしない程度に力を抜いて頑張りたいと思います。先輩ママ・パパたちには色々と質問することがあると思いますので、よろしくご指導ください。

| | コメント (25) | トラックバック (0)

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »